ワーキングメモリー症候群 ~記憶の低下や集中困難の謎を解く~

目次

     はじめに

    導入

     ある日、ふと本棚にあった電磁気学の本を手に取って、パラパラと開いてみました。すると、目に留まったページに「荷電粒子の電磁波放射」という内容が載っていました。加速度運動する荷電粒子は電磁波を放射する。少し読むうちにそれに興味が湧き、私は関連する計算を行いました。しかし、途中でスマホの通知に気づき、それを見ているうちに荷電粒子の電磁波放射に関する計算のことを忘れてしまいました。その後、この計算に戻って来ることは二度とありませんでした。


     これは、学部時代に私が陥っていた最もよくある行動パターンの一つです。この例における「荷電粒子の電磁波放射」のような、突発的に湧いてすぐに消え去る興味関心は今まで大量に存在し、生活のほとんどがその「細切れの興味関心」にもっていかれてしまいます。そしてそれらは「細切れ」なので、やった端から取り組んだことを忘れてしまいます。ほとんどの文書は書きかけで、始めた電子工作のプロジェクトも最後までできたものはほとんどなく、やりかけのそれらの数だけが100、200、・・・と増えていくような学部時代を送っていました。


    苦しさの主訴

     この状態で一番苦しいのは、大量の物事をやったのに全て「ダダ漏れ」し、スキルや成果が何一つ残らないことです。突然何かを思いついて実行するものの、まとまらずにやめてしまい、その未達成の物事だけがどんどん増えていく、という状況です。これは分かっていても止められず、ある時は「自習ノート」を新しく作って「3日で1テーマ学ぶ」と決めて取り組んだのが、そのノートごと作った翌日には忘れていた、ということもありました(2022年12月ごろ)。


     つまり、思いついたことばかりが先行して一向にまとまらず、結局何もできない、というのが一番苦しいのです。これは、まとめると次のようになります:


    (1)ほとんどの興味関心が、突然の思いつきですぐに消えてしまう。

    (2)長く続いた物事がない。10分続けばよいほう。

    (3)やろうと思ったことを忘れる。

    (4)一度「やる」と決めたことができない。多くはパニックや不調、新たな思いつきで中止になってしまう。

    (5)一体いつ思いついたのか覚えていない、よく分からないアイデアばかりがゴミのようにたまっていく。


     その様子は、傍から見れば何かを計算したり作業したりしているように見えるので、一見問題がないのですが、実際は何も身に着いたことや達成したことがないので、苦しいばかりなのが特徴です。本稿では、この現象を考察し、それがワーキングメモリーの慢性的な過負荷にあるという考えを述べます。


    「無能力者」「衰えた」と嘆く日々

     これらの「症状」は大学の勉学には現れないのが特徴です。レポート課題や試験対策のような強制力のある物事には、移り気や考えの散逸(散らばること)が現れにくいのです。あくまでも、趣味で行っている探究活動や自分で始めたプロジェクト、および生活の工夫やアイデアにおいて起こります。


     大学の課題はこなせるのに自分の趣味はできない、というこの事態は、強制力がなければ自分は何もできないのではないか、という点で「自分=無能力者」という等式を誘起してしまいます。この一連の症状で一番苦しいのは、この等式を痛感する時です。したがって例えば、この症状で悩んでいるときに「人の才能や能力」を述べている動画やコンテンツを見ると、自分のことだと思ってしまい、落ち込んでいしまいます。例えば、次のアインシュタインの名言とされる言葉には、幾度となく傷つきました:

    It’s not that I’m so smart, it’s just that I stay with problems longer.

    (訳:私は、それほど賢くはありません。ただ、人より長く一つのことと付き合ってきただけなのです。)


     ある時は、この極端な移り気と思考の散逸を指して「自分は衰えた」と嘆いていました(2019年~2023年)。高校の頃までは、この症状が見られなかったためです。 高校の頃までは、やると決めたことを最後までできていました。何か思いついた数学の問題も、最後まで計算して解を出せていました。しかし、大学に入ってからは、思いつく問題自体は高度になったものの、取り組む姿勢は崩壊していました。思いついた問題を計算しようと思えない。計算がまとまらないと、すぐにやめてしまう。果ては、問題を思いついたことすら忘れてしまう。私は、しばらくこれを「学ぶ内容が高度になったので、自分が追い付けなくなったのだ」と学びのせいにしていました。


    病態の観察

     では、この病態(1)~(5)は、何が起こしているのでしょうか。実は、大学入学後、この状態が落ち着いていた時期が、今まで2度ありました。それは以下の通りです:


    (A)2023年10月~2024年2月:「心の平穏」の時期

    (B)2026年2月下旬~今(2026年5月下旬)


     この2つの時期においては、不思議なほど、思いついたアイデアが記憶に残り、また新たに始めたことが続きました。それまでの記憶の低下・移り気が嘘のように無くなりました。


     そこでこれら2つの時期を観察してみます。まず、(A)の時期についてです。「心の平穏」という名前で呼んでいるこの時期は、それまで悩んでいた「天才主義」や「子ども至上主義」という悩みが終息した時期でした。大人になることの再定義という発想に至り、それによって今まで自分の心を巣食っていた考えがたちどころに収まり、それまで外界に対して過敏に反応していた思考を初めて他のこと(計算、考察)に割けるようになったのです。これは非常に大きな変化で、自分の精神的問題がきれいに(一貫した秩序をもって)整理できたのでした。


     次に(B)について述べます。この時期は、大学卒業を目前に控え、卒論発表会の準備に取り組んでいました。しかし、ひょんなことから指導教員の先生に研究と思考の姿勢を批判されました。その批判の内容が、ちょうど前述の症状による病態であったことから、私は非常にショックを受けました(2026年2月12日)。私が「衰えた」と悩んでいたまさにそのことを、指導教員の先生から「キミは自己完結している」と痛烈に批判されたのです。これを受けて、自分が馬鹿馬鹿しくなり、私は強烈な希死念慮と、大量の悪い思考に襲われました。そのさなか、悪い思考を流されるままにノートに書きなぐったのちに、大学7年間の苦しみをきれいに悟ることができ、一転して精神状態が好転しました(2026年2月16日)。ちょうどこの時、卒論発表会が成功して卒業を達成できたので、そのまま休学して生活の負荷も減り、安定状態が長続きした、というわけです。


     (A)の場合は「大人の再定義」で精神的問題が解決し、(B)の場合は「苦しみを悟ったこと」で精神的問題が解決しました。ここで精神的問題の解決とは何か?、ということを考えます。


     精神的問題は、それが解決しない限り、常に脳のバックグラウンドタスクとしてエネルギーを消費します。そして、そのエネルギー消費はたいてい、割り込み思考や反芻思考、思考促迫として、ワーキングメモリーで行われます。すなわち、精神的問題にはワーキングメモリーを乗っ取る働きがあるのです。


     では、これは何をもたらすのかというと、ワーキングメモリーが乗っ取られると脳の情報処理機能が低下します。何かを考えたり、何かに注意を向けたり、短期記憶として一旦保留したりする機能が低下するのです。これが、冒頭で述べた(1)~(5)の症状に他なりません。


     まとめると、一連の症状はワーキングメモリーの機能不全によるものだということです。(A)(B)の時期は、精神的問題が解決したのでワーキングメモリーが解放され、記憶力と作業力が元に戻ったのです。したがって、ワーキングメモリーに十分な空きがあることが記憶力と作業力を元のレベルに保つ本質であるということができます。そこで、ワーキングメモリーが圧迫されて認知機能が落ちることを、ここでは「ワーキングメモリー症候群」と呼ぶことにします。


     ワーキングメモリーが圧迫、占有される原因には精神的問題以外にも、広義の心配ごとや心身の不調、悲しい出来事など、様々なものがあります。しかし、どのような原因であっても、症状は同じ傾向を示します:記憶や集中が散逸し、決めたことができなくなり、未達成の物事が大量に溜まる


     こうして、ひとまず問題の所在がワーキングメモリーの圧迫にあることが分かりました。


    症状のあれこれ

     ワーキングメモリー症候群が「症候群」たる所以は、ワーキングメモリーの圧迫という同一の原因によって多彩な症状が現れることです。以下では、その症状を見ていきます。


    認知機能の低下

     もっとも分かりやすい症状は認知機能の低下です。これは上で述べた(1)~(5)のことです。


     記憶力、判断力、作業力が一律にダウンし、頭が働かなくなります。強制力のある物事に対してこれが起こらなかったのは、それらは手順や期限が明確であるためであり、期限のない(自分で期限を決める)物事については、その「期限を設定して守る能力」も一律に落ちるため、成しとげられなくなってしまいます。すなわち、認知機能の低下に伴って真っ先に落ちるのが趣味や生活の質(広義のQOL)であるということです。


     認知機能が低下すると、私の場合、パソコンの中のファイルがごちゃごちゃになります。次から次へと思いついたアイデアをパソコンのメモ帳やwordに書きなぐっては保存するため、パソコンの中のフォルダーがえらいことになります。自分でもいつ、どのようにして思いついたのか分からないファイルが、40、50と溜まっていきます。


     さらに、時間は確実にその「ゴミのようなアイデア」に吸い取られて無くなっていくので、大量の時間を消費してできたことが一つもない、という冒頭の状態になってしまうのです。今までは「自分は趣味すらできないダメ人間に成り下がった」と思っていましたが、ワーキングメモリー症候群という視点を得た今は、それはダメ人間だからではなくワーキングメモリーが圧迫されていることに問題がある、とはっきり分かります。


     何をやるにも迷いばかりで手が付けられない。


     好奇心の大切さは分かった。熱中の大切さも分かった。しかし、いざやってみようとすると、できない。こんなもんではないと思い、すぐにやめてしまう。


     わからないことを分かりたいと思えない。わからないことに直面すると、やめてしまう。以前のように、続かない。

    2021年に書いたメモ帳の記述より引用



    瞬発力のガタ落ち

     次に思い当たる症状として、瞬発力の低下があります。これは例えば、電車で立っている老人に席を譲る時の勇気や、それを実行する行動力があります。このような時、見て見ぬふりをするのは楽ですが、その老人に声をかけるのは少し瞬発力が要ります。ワーキングメモリー症候群では、この瞬発力が落ちてしまうので、とっさの行動がとれなくなったり、楽なほうに流されてしまったり、チャンスを逃してしまったりします。


     逆に言うと、ワーキングメモリーさえ余裕があれば、瞬発力は元に戻るということです。思えば「心の平穏」のころの私は、通学する道で困っている外国人の方に声をかけたり、電車で席を譲ったりするなどの行動が容易にとれていました。これも、この時ワーキングメモリーに大きな空き(余裕)があったことがその成因でしょう。この頃、散歩や自然観察、短歌が趣味になったことも、ワーキングメモリーに空きができて外界を味わう余裕ができたことを鑑みれば、偶然ではなかったのかもしれません。


    やると決めたことができない

     ワーキングメモリーが圧迫されると、やると決めたことができなくなります。課題などの強制力のあることは出来ても、自分で決めたことができなくなってしまいます。ワーキングメモリー症候群が悪化した時、私はしばしば3日坊主ならぬ「10分坊主」になっていました。自分でやると決めたことが、10分も持たないのです。これはワーキングメモリーが常に精神的問題などの物事で圧迫されており、これ以上の空きがなかったことが理由だと考えられます。


    行動の問題・しゃがめない、空を見られない

     これはちょっと変わった例ですが、ワーキングメモリーが圧迫されると、しゃがめなくなります。しゃがむと、お尻がつき出ますよね。ワーキングメモリーに空きがなくなると、どういうわけか、この「お尻が突き出た自分」になってしまうことが耐えがたい恥に感じられてしまうのです。頭が常にフル回転してビジー状態なのに、身体だけ恥ずかしい恰好になってしまうことに耐えられないのです。そのため、しゃがむことができなくなってしまい、目線を低くする必要がある時に不自由してしまいます。

     別の例には、空を見られなくなります。頭が常に精神的問題などのタスクで埋まっており、それが無意識のうちに実行されているので、空を見上げる余裕が消えてしまうのです。すると、空を見上げることでリセットされる緊張などがいつまでも持続してしまい、その緊張がさらにワーキングメモリーを消費するという悪循環になります。

    笑うことが嫌いになる

     これはワーキングメモリーの使用度がほぼ100%になった際に現れる感覚ですが、笑うことが嫌いになってしまいます。先ほどの「しゃがむこと」における「お尻が突き出た恰好」と同じように、頭がビジー状態にもかかわらず表情だけ笑う(無防備になる)ことが耐えがたい苦痛になってしまうのです。これが深刻だった2019年~2020年にかけては、実際、笑ってしまうと自分の顔を叩いていた時期がありました。

     当時は「笑ってしまう自分がかわいそうだからではないか?」という一応の解釈でこの状態を自己分析していましたが、今は「ワーキングメモリーの圧迫による頭のビジー状態」と「笑ってしまうことの無防備さ」の対比に耐えられないという解釈が正しいのではないかと考えています。

    パニック・自傷他害

     ワーキングメモリーがいよいよ氾濫危険水位に達すると、冷静さを保てなくなり、パニックや自傷他害が発生します。こうなると、大声を出したり暴れたりすることでしかワーキングメモリーを解放できなくなり、わけもわからぬままそうなってしまいます。こうした衝動的行動も、ワーキングメモリーのパニック状態が本質ではないかと、今は考えています。


     まとめると、ワーキングメモリー症候群は多彩な症状を伴い、それは認知機能の低下からパニック発作に至るまで様々です。次節では、これらの症状を統一的に理解する自作の枠組みについて説明します。

    水位理論

     上記に示した一連の症状が、ワーキングメモリーの圧迫に伴って起こるものであることを説明しました。では、これはどのように理解できるでしょうか。

     そのヒントは、前節の「パニック・自傷他害」の項でさりげなく書いた「氾濫危険水位」というキーワードにあります。ワーキングメモリーの圧迫に伴う脳の機能低下の進行は、実はその圧迫の程度と対応します。簡単に言えば、「ワーキングメモリーが40%圧迫されるとこの症状が出る」というのが定まっているのです。

     そこで、ワーキングメモリーの圧迫の程度を「川の水位」に喩えて、その水位が幾つ以上になれば、ここから下の症状がすべて現れる、というのが対応付けできます。その考え方を基にして、実際に対応付けを行うと、次のようになります:

    水位:低

    ・特に危険はない(本来、日常でワーキングメモリーを使う標準レベル)

    水位:中程度

    ・瞬発力の低下(とっさの判断が鈍る)
    ・大きな挑戦ができなくなる(安全な道を選んでしまう)

    水位:やや高い

    ・空を見上げる余裕がなくなる(下を向きがちになる)
    ・しゃがめなくなる(お尻を突き出す姿勢が恥ずかしい)
    ・今が最善だと思えなくなる(過去のほうが良かった、と思ってしまう)

    水位:高い

    ・認知機能が大幅に低下する(「苦しさの主訴」で述べた(1)~(5)の内容)

    水位:極めて高い

    ・笑うことが嫌いになる(笑顔の無防備さに耐えられない)
    ・パニック・自傷他害(冷静さを保てなくなる)

     例えば「水位:高い」の時は、「水位:高い」以下のすべての症状(認知機能の低下、空を見上げる余裕がなくなる、・・・、瞬発力の低下)が現れます。ちょうど川が下から上に水没していくように、ワーキングメモリーの使用量の水位が増加するにしたがって、症状の程度がこの一覧の通りに深刻になっていきます。

     このようにワーキングメモリーの使用量を川の水位とみなして、その水位ごとに症状が段階的に悪化していくという考え方を「水位理論」と呼ぶことにします。

     なお、水位の測定には厳密なワーキングメモリーの使用パーセンテージは不要です。なぜならば、パーセンテージを測ったところで、結局問題になるのはそのパーセンテージで現れる症状なので、最初から水位と症状のみを対応付ければ、わざわざパーセンテージを媒介させる必要がないからです。

     次節では、水位理論を念頭においてワーキングメモリー症候群の対策を考えます。

    対策

     ワーキングメモリー症候群は、ワーキングメモリーを使用している割合を下げれば速やかに減退するという特徴をもちます。例えば、嫌なことで頭が一杯になると、お腹が痛くなったり、動悸がしたりすることがあります。しかし、それらの症状は嫌なことが落ち着くとたいていは速やかに減退します。このことは、ワーキングメモリーの圧迫に伴う身体症状は極めて速い反応速度で現れるということです。

     したがって、水位を下げる対処法は即効性があります。以下、その対処法をGoogle Geminiのアドバイスを借りながら考えてみました。

    即時的な対処

    (ア)悩みの可視化・整頓

      これは最も原始的な方法の一つです。悩みを紙に書き出し、それをゴミ箱などに入れ、頭の中から追い出します。こうすることで、ワーキングメモリーの常駐タスクではなくなるので、水位が下がることが期待されます。

    (イ)やるタスクを決める

     ひとまず最優先のタスクを1個決め、それを時間を決めて行います。「それしかやらなくてよい」という状態を強制的に作り、ワーキングメモリーの使用を最小限にします。

    構造に即した対処

     上記の(ア)(イ)は、既にワーキングメモリーの水位が高い場合は無効です。なぜならば、そこには「悩みを可視化したことを忘れてしまう」「タスクを決めたことを忘れてしまう」という認知機能の低下による問題があるからです。したがって、 認知機能が低下していても可能な、効果の持続する対策が必須です。

    (ウ)優先的な悩みの外部化

     まず、1時間~2時間ほどの時間を確保し、その間、1枚の紙を持ち歩きます。そして、浮かんできた悩みや思考をその紙に書きます。こうして、直近2時間でワーキングメモリーを使用しているデータが一覧になります(パソコンで言うところの「ログの表示」に相当する手法です)。そして、その紙に書かれた悩みに対して、(ア)を行います。こうすることで、今まさにワーキングメモリーを消費している悩みに絞って整理ができます。

    (エ)五感を用いる

     これはパニックが差し迫っている時に有効な手法です。冷たいものを手にもったり、冷水を飲んだり、風に吹かれたりすることで、五感から情報を入力します。すると、脳はその情報を優先的に処理するので、ワーキングメモリーを使用している悪い思考が(一時的に)シャットダウンされます。

    (オ)セーフティーネットの作成

     日常的にワーキングメモリーが圧迫されている場合(私で言うと2019年~2020年が特にそうだった)、主治医や先生などの人にそのことを共有するのもよい方法です。例えば、ヘルプカードを作成し、そこに

    ・今はワーキングメモリーの水位が危険水位に達しています。休息が必要です。
    ・頭が混乱しているので、少し休ませて下さい。

    と記入し、いざという時にそれを提示するだけにしておきます。こうしたセーフティーネットを作ることは、ワーキングメモリーの水位が常に高い場合は有効です。

    より実践的な対処

    (カ)状態の可視化

     今、どれほどワーキングメモリーが圧迫されているかを、上記の一覧表を紙に印刷するなどしてモニタリングしておきます(モニタリングに過剰なワーキングメモリーを使わないように注意)。こうすることで、ワーキングメモリーの水位の危険度を機械的に判定することが可能になり、「今は危険だから休もう」という判断が疲れていても正確にできるようになります。

    (キ)直近の課題を解決する

     今まで、このような経験がありました:定期試験の前は、地獄のように悪い思考が浮かんできたのに、いざ試験が終わると、嘘のように落ち着いた。

     このことは、ワーキングメモリを占めている悪い思考それ自体がその占有の原因であるとは限らないことを示唆しています。つまり、この場合における「定期試験」のように、プレッシャーをかける別の要因が存在して、そのプレッシャーがワーキングメモリーを占有していたということです。

     したがって、この場合は定期試験を終えることのように、最も手前にある不安な課題を解決することはしばしば有効です。締め切りに余裕をもって課題を終わらせたり、メールを済ませてしまったりといったように、対処可能な負の要素は、早めに対処するとよいでしょう。

    ワーキングメモリーを圧迫している物事は、表出している悪い思考に「ひも」でつながったもっと現実的な課題であったりもします(イラストはイメージです)。




     以上が、AIとともに考えた対処になります。なお、ワーキングメモリー症候群のアイデア自体、昨日(2026年5月26日)閃いた新しいアイデアなので、まだ対策は十分に言語化できていません。今まで漠然と行ってきた対処を書いてみました。

    発展:言葉に対する過敏性との関係

     私のもつASD(自閉症スペクトラム障害)は、種々の過敏性を特徴とします。例えば、代表的なものの中では、聴覚過敏、味覚過敏、触覚過敏を私はもっています。しかし、私の過敏性で最も困っているのは、「言葉に対する過敏性」です。

     言葉に対する過敏性とは、ダメ出しや人生訓やそれらの些細な言い回し(語尾など)に過剰に反応し、悪い考えが止まらなくなって落ち込んでしまうことを指します。例えば、曾祖母が亡くなった2010年の初頭、親戚が集まった時に、親戚の男性の一人に「悪ガキが来た」と言われたことがあります。近くにいた3歳年下の弟は特に何も反応しませんでしたが、私は「悪ガキ」という言い方に憤慨し、その場で泣きじゃくって爆発しました。恐らくその親戚は愛想でそう言っただけで、弟もそれに気づいていたのだと思います。しかし、私は馬鹿正直にその言葉を解釈し、パニックになったのでした。

     長らく、この言葉に対する過敏性に悩んできましたが、これは上記の思考を踏まえると、他者の言葉によってワーキングメモリーが即座にいっぱいになり易いということではないでしょうか。私はワーキングメモリーのIQスコアは高い(2019年:135、2014年:147)ので、ワーキングメモリーの容量が小さいということは考えられません。したがって、ここで問題なのはそのワーキングメモリーが瞬時にいっぱいになってしまうほど思考が展開されやすいこと(易思考性)にあると考えられます。この易思考性こそが、言葉に対する過敏性の正体だというわけです。

     実は、一般にもこの易思考性は見られます。それは「考えさせられた」と人が言う状況です。多くの場合、子どもの純粋な一言などで、大人は立ち止まって考えてしまうことがあることと思います。この「立ち止まって考える」時、通常は「考えるぞ!」と思って考えるのではなく、無意識のうちに鋭いひっかかりが生じて思考が止まらなくなります。これは、易思考性の一種とみなせます。つまり、一般の人もまた「子どもの何気ない言葉」などに対する過敏性をもっていると解釈できるのです。

     私の場合、それが「人生訓や冗談」になっているだけで、起きている現象は「特定の言葉に反応して思考が止まらなくなる」という点で本質的に同じです。

     また、易思考性の高さがASDに由来するのだと考えられます。ASDには一般に、想像力の障害があると言われています。一般の人が「そういうものだ」と受け流せる言葉にも、真正面から捉えてしまい、またそれ以外の捉え方ができないので、逐一、思考が発生してワーキングメモリーがパンクしてしまうのです。

     さらに、もし「考えさせられた」と「言葉に対する過敏性」が同じものだとすれば、面白いことが分かります。人が考えさせられるのは、たいてい「思わぬ視点に触れた時」です。つまり、異質なものには人は反応してしまうのです。これを踏まえると、私にとっての異質なものが「人生訓や冗談」に他ならないということで、これは私の認知が一般的なものと比べて異質であることを示唆します。そしてその異質さの根底には、ASD由来の想像力の障害があるというわけです。

    発展2:不安定とは何か

     このブログや、私の行っている自己分析(精神解析)で何度も考えてきた「不安定とは何か?」という問いにも、ワーキングメモリー症候群の観点から一つの解答を与えられます。ワーキングメモリー症候群において、ワーキングメモリーの圧迫を表す水位の高さと心身の不安定は強く相関します。水位が高くなると、急速に心身の症状が出現します。その症状の総体を不安定というのならば、不安定とはワーキングメモリーの水位が外界の刺激に対して激しく乱高下することを言うのではないでしょうか。

     これは逆を考えると理解しやすいです。安定というのは、外界の刺激に対してワーキングメモリーの使用率がほとんど変化しないことを言うのです。実際、安定とは動じないこと、または動じても速やかに元の心に戻れることを指すので、ワーキングメモリーの使用率の上昇が動じること(=心身の症状)と考えればこれは整合的です。

     つまり、不安定という言葉で述べてきた不安定さというのは、ワーキングメモリーの使用率の水位の不安定さだったのです。ワーキングメモリーの使用率が外界の刺激に対して鋭敏に変化するのが「不安定」なのです。

     逆に言うと、不安定と呼ばれる時期には、それに対応する「鋭敏な状態」が存在する、ということになります。実際、私の経験した代表的な不安定に対して鋭敏さを一覧にすると次表のようになります:

    主な不安定と鋭敏さの連関。

     この観点に立つと、不安定を和らげることはワーキングメモリーの水位変化を穏やかにすることと同じだと分かります。これはさらに言えば、思考の過敏性を下げることと同じです。この具体的な実践が、先ほど「対策」の節で述べたことだというわけです。

     「精神解析」の目的は、ひとえにワーキングメモリーの水位と鋭敏さを下げることにある、と改めて自己理解できます。ワーキングメモリーの使用量の変化が過敏でなくなれば、思考は自然と建設的になっていきます。これは今までの私の体験とも整合的です。

    今の自分には、高校進学に際して、ある種の鈍感さが必要。

    2015年3月に書いたノートのメモ 


    最後に

     本稿では、ワーキングメモリー症候群という観点から、集中困難やパニック発作などの症状を体系的にまとめました。この視点が、今後の生活の一助になればと思い、この記事を書きました。


     実は、この「ワーキングメモリー症候群」という概念自体、なぜ気付いたのかと言うと、最近自分が極端な白黒思考をもっていることを改めて自覚したからです。今まで、母との関係や理性と感情の乖離など様々なことに悩んで来ましたが、その背景には白黒思考があったのではないか?ということが分かってきました。それについて、おとといと昨日はずっと考えていました。すると、毎日行っていた散歩を忘れてしまったり、集中が切れてきたりといった、これまで(学部時代)に特徴的な症状が再発しました。


     そこで、この症状を実地観察してみたところ、ワーキングメモリーが圧迫されていることに気づいたので、「そうか、この一連の思考の鈍りはワーキングメモリーの過負荷なのか」と気づき、この記事を書くに至りました。まずは、この白黒思考について、日常生活が問題にならないレベルまで整理してみようと思います。


     最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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