このブログについて
皆さま、初めまして。「ねこっち」と申します。
このブログでは、趣味や生活、思考の記録を綴っていこうと思います。
目次
私について
3歳の時に発達障害と診断され、早期療育を受けました。子どもの頃は自身の発達障害を意識せずに過ごしていましたが、中学1年時、暴言と体罰の多い過酷な環境に身を置いたことで生きることに絶望し、以後、自分が発達障害であることを再認識しました。この時、発達障害の中でも「ASD(自閉症スペクトラム障害)」と呼ばれているものに該当することも分かりました。
「ねこっち」という軽い響きをもつ名前は、その中学1年時に行った、ある工作に由来します。
私の趣味の一つに「電子工作」という、半田ごてを用いて回路を作るものがあるのですが(技術科の授業でやったことのある人がいらっしゃるかもしれません)、中1の2月、その時は「コッククロフト・ウォルトン回路」を作ろうと思い立ち、電子部品通販サイトで注文しました。その後、その部品が入った箱が届いたのですが、その箱に猫のイラストとともに「ねこっち」と書いたのが気に入り、それを以後自分のペンネームに使っている、というわけです。
「ねこっち」の名にふさわしい(?)ような、軽めの投稿をすることもあれば、一見すると「ねこっち」という名前からは想像できないような、考察や分析の投稿をすることもあるでしょう(ここで「ふさわしい」と書いたのはステレオタイプ的文脈です)。
特性と個性
一般に、発達障害をもつ人は「発達特性」という、脳の構造の特異性に起因する変わった思考パターンや身体感覚をもっています。私も、いくつかの発達特性をもっています。私がどのような発達特性をもっているのかはここでは書ききれません。日頃から書き留めているわけでもないし、この場で思い出すことも難しいためです。したがって、発達特性は今後、記事を投稿する過程で徐々に明らかにしていくこととします。
私は、「特性」とは何かと考えることがあります。どういうことかと言えば、それは個性とは何が違うのか、ということです。
脳も身体の一部であり、体の違いが個性であるならば、特性とは個性の一種ではないか、と思うのです。そこまで「特性」という言葉を用いなくとも、個性で良いのではないか、と思うことがあります。しかし、発達障害の人は平均から大きく外れた個性をもっており、それが社会生活においてダメージになることもあるので、そうした事実を共有するには、個性という言葉には限界があると思うのもまた事実です。しかし、社会的なことがどうこうという視点を外せば、特性は個性と言えるのではないかと思います。
例えば、左利きの方のことを「障害」とは言いませんよね。左利きの方が少数派であるだけで、本来、右と左は対称性をもっています。現に、アマゾンなどの森林を想像してみると、その中には右と左の区別がありません。簡単に言うと、「アマゾンの景色」と「鏡で映したアマゾンの景色」は見分けがつかないのです。一方、都会の街並みで同じ「鏡写し」をやると、鏡に映したほうは文字が逆になったり、自動販売機のコイン投入口の位置が変わったり、改札の切符投入口が左側になったりし、元のものとはまるで違う都会になります。右利きの多数派は、この鏡写しの世界では相当苦労するでしょう。左利きの人は、この苦しさを感じているはずです(ちなみに、私は右利きです)。しかし、左利きは障害ではないとされています。
発達障害は、社会によって作られるこの「非対称性」が、もっと非自明なところで起きており、それに苦しんでいるのだと考えられます。その困り方が大きい場合、それは「特性」として区別する必要がありますが、アマゾンの森林に左右の区別がないように、そうした環境では発達障害は「個性」になります。現に、学校や会社のある環境で深刻な症状を呈するADHDの方が、大自然の中に行くと精神薬を飲む以上に症状が消失することがあるようです。
特性と個性は、社会が関わっているかの違いにすぎず、同じものであると考えています。
ブログに書くこと
このブログでは、私の趣味や思考について発信する予定です。現在は様々なSNSがありますが、私は自分が「ドーパミン」の刺激に弱い体質であると理解しているので、SNSはあまり使いません。というのも、「いいね」やフォローをいただくと、一時的に得られる充足感や「良い投稿をしなければ・・・」という焦りによって、そちらに気をとられてしまうので、そうした数値化される評価のないブログで淡々と発信するのが良い、と思っているのです。
私の趣味は(思い出せる範囲で)以下の通りです:
数学、物理、電子工作、短歌、作曲、イラスト、物語作り、サッカーの簡単な足技、物事の考察、散歩、自然観察、紙コップと新聞紙で玉入れすること、・・・
何事も「下から見上げる」ことをモットーとしています。様々なことを下から見上げ、楽しんでいるうちに、趣味が多くなってしまいました。といっても、熟練している趣味は少ないですが・・・
また、私は感受性が高く(自分で言うのもなんですが・・・)、不意に悪い連想や思考に襲われてしまうことがあるので、それを吐き出すために使うこともあるかもしれません(こうした思考は「思考促迫」と呼ばれます)。この時は緊急性が高いので、まずは氷を掴むなど、身体感覚に集中するようにしますが、よほどダメな時は、思考内容を書き出したほうが楽になることもあります。
これから、細々と発信することが目標です。どうぞよろしくお願いいたします。